「絵本のまち板橋」から世界へ
絵本作家・
三浦太郎の挑戦
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1999年に板橋区立美術館で開催された「イタリア・ボローニャ国際絵本原画展」。その出合いは三浦太郎さんが絵本作家として飛躍するきっかけとなりました。「やるね板橋」では、想い出の板橋区立美術館で三浦太郎さんにインタビュー。絵本作家としての活動やこだわりについて聞きました。

三浦 太郎

Miura Taro https://www.taromiura.com/

1968年愛知県生まれ。大阪芸術大学美術学科卒業。
イタリア・ボローニャ国際絵本原画展で入選を重ね、海外で絵本デビュー。
日本では、絵本『くっついた』(こぐま社)が130万部を超えるヒットとなった。
『ちいさなおうさま』(偕成社)で「産経児童出版文化賞 美術賞」受賞。
現在、女子美術大学特別招聘教授。2024年で絵本作家デビュー20周年を迎えた。

一枚のポスターを転機に絵本作家へ

Je suis...
初めての絵本『Je suis...』(La Joie De Lire)

1999年の夏、家の近くの図書館で見かけたポスターをきっかけに開催場所であった板橋区立美術館に出かけたのが、「イタリア・ボローニャ国際絵本原画展」との出合いでした。
誰でも応募できる展覧会であることを知り、帰りには応募要項を受け取って、翌2000年に初めて挑戦しました。このときは残念ながら落選しましたが、2001年、2回目の応募で入選を果たしました。
そして 2003 年、スイスの出版社、La Joie De Lireから初めての絵本
『Je suis...』の出版が決まったというわけです。

三浦太郎と板橋区立美術館

板橋区とボローニャ市の交流の始まりは、1981年の板橋区立美術館における最初の「イタリア・ボローニャ国際絵本原画展」の開催。それ以来、板橋区とボローニャ市は絵本を通じて交流を深めてきました。三浦太郎さんの絵本づくりのきっかけも同館での「イタリア・ボローニャ国際絵本原画展」の観覧であり、板橋区立美術館は三浦さんにとって絵本作家としてのスタート地点です。同館は2022年に「三浦太郎展 絵本とタブロー」を開催するなど、ゆかりの深い場所でもあります。

うみへ やまへ
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板橋区立美術館
〒175-0092 東京都板橋区赤塚5-34-27

娘の誕生をきっかけに描き始めた「赤ちゃん絵本」

うみへ やまへ
50冊目の絵本『うみへ やまへ』(偕成社)

娘が誕生した2004年までは、僕は「自分の描きたい絵」や「アイデア」を基に絵本を描いていました。でもそれでは、赤ちゃんの娘には難しくて理解できないだろうなと思ったんです。いろいろな絵本を娘に見せながら、「どんな絵本なら赤ちゃんが笑顔になるだろうか」と試行錯誤してながら行き着いたのが『くっついた』(こぐま社)です。そして2024年夏には50冊目の絵本『うみへ やまへ』(偕成社)を出版しました。これまでみなさんにお見せしたことのない三浦太郎を知っていただけるのではないかと思っています。

絵本作家 
三浦太郎先生が
アドバイス!
「赤ちゃんに贈るファーストブック」

うみへ やまへ

三浦太郎さんの初めてのあかちゃん絵本
『くっついた』(こぐま社)

お母さんが楽しく読んでいることが伝わるのがファーストブックには大切だと思います。お母さんが「この絵いいな、赤ちゃんに読ませたいな」と感じる絵本をぜひ選んでほしいですね。お母さんが楽しそうに読んでいるときの声のトーンは赤ちゃんに伝わるので、きっと喜んでくれるはず。誰かが「この本がいい」といっている絵本ではなく、実際に本屋さんや図書館で「私も読みたいな。赤ちゃんに読んであげたいな」「赤ちゃんもきっと読みたいだろうな」と思える本をぜひ選んでください。

絵本作家としてのこだわりと板橋の印刷製本業へエール

僕の絵本には、教訓や教育などの難しい要素はあまり入っていません。それより、絵本のおもしろさや絵本と一緒に過ごす時間が読む人の想い出として残ってくれたらいいなと思いながら描いています。赤ちゃんが初めて笑ったタイミングに僕の本があったらとても幸せです。そのためにもこれからもずっと「自分が選びたい」と思えるような絵本を作っていきたいと思っています。絵本を制作しているなかでいつも感じているのは、「日本の印刷や製本の技術はすばらしい」ということ。絵本作家として、これからも板橋の印刷屋さんや製本屋さんと一緒に、素敵な作品・絵本を生み出していきたいですね。

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